中世山城が姿を現す <建設・歴史・歴史>

古代には中国の都城制に倣い、平城京、平安京といった都市には城門が建設されていた。

それが羅城門である。

羅城とは外郭のことをいうが、古代都市の羅城門は大陸に見られるような長大な城壁に備え付けられたものではなく、むしろ門だけが孤立しており、両翼に数十メートル程度の築地塀が接続しているに過ぎなかったと考えられている。

これは異民族侵入が少ない日本特有のものであり、羅城門自体に都市防衛拠点としての意味はなかったと考えられている。

中世・近世律令制崩壊に従い古代都城が姿を消していき、新たに軍事拠点として中世山城が姿を現す。

日本の城郭は大陸に見られるような高さ数十メートルに及ぶような城壁は持たず、高さ数メートルほどの土塁や石垣に築地塀や土塀をかけただけであったので、城門についても中国の甕城や西洋の門塔のような石造の堅固な設備を備えてはいなかった。

一方で山がちな地形や自然の河川に配慮した地取りを行い、堀や曲輪の配置を複雑にすることで城郭全体の防御力を高める方策を採った。
update:2010年07月23日